愛宕(924m)、2007年3月18日、天候:雪のち晴れ

コース:清滝−(表参道)−水尾分かれ−愛宕山頂−水尾分岐−水尾−保津峡駅

雪の積もる中、黒門を抜けて山頂へ

北河内から見ると、北摂の奥に一際高い山が目を引く存在。それが、全国の愛宕神社の総本山、愛宕山。今回、ようやく登る機会が巡ってきた。歴史散歩としての魅力も味わいながらの、早春の山歩きを楽しむことができた。

※写真はすべてクリックすると別窓で拡大表示されます。


嵐山の街を散策してからバスで清滝へ。天候が回復しない中を登っていくと、枝についた雨の雫が落ちてくる。ザックカバーを着ける。表参道には、山頂までの区切った様々な表示が現われる。あるものは10分割、あるものは20分割、そして40分割、50分割と賑やかだ。マメなのは40分割されている表示で、これを目安に登っていく。

標高を上げるにつれて雪が見え始める。やがて、時折雪も舞う中を行くようになる。東屋で休憩をとりながら登っていくと、大杉社を抜けて京都盆地が一望できるスポットへ。ここの東屋で昼食をとった。

大杉社を過ぎて雪が出てくる

京都盆地の展望スポットにて

やがて水尾分かれを過ぎると、雪の量が増えてくるとともに勾配が増してきた。山頂に向けて最後の登りとなる。アイゼンを着けていないので時折滑る。山登り以外の人もいて、悪戦苦闘していた。そして行く手に黒門が見えてきた。雪が降り続くようになってきた。その中を山頂の神社に向けて一歩一歩階段を登っていく。

積雪は5センチ余り。神社の境内に入り、ムード漂う風景を行く。最後の石段は滑りやすい。足元に気を遣いながら、一歩一歩目指す。東京の愛宕神社を連想させる石段の頂上にようやく辿り着いた。標高924m、思ったよりも時間が掛かってかなり疲れた。参拝を済ませると、薪ストーブが暖かい休憩所に入った。変わった名前のストーブだなぁ(笑)

最後の階段の向こうに神社が

休憩所の薪ストーブ、その名前は!?

暖かくてなかなか出にくい休憩所を後にして、下りに入る。石段は滑りに気をつけながら慎重に下る。石段が終わってひと安心かと思いきや下りスロープが続く中で何度も微妙に足を滑らせる。「アイゼン着けないとダメやでぇ」と声を掛けられてあきらめて4本爪アイゼンを二人で片方ずつ着けて下った。

天候がめまぐるしく変わり、雪が止んで陽射しが戻ってきた。水尾分かれで水尾方面に行く。表参道の雰囲気がガラリと変わって、普通の登山道になる。しばらく下り続けるうちに、いつの間にか積雪が消えて、アイゼンを外して下った。

アイゼンをザックに括り付けて下っていると、看板が目に止まった。愛宕神社と愛宕山の由来が書かれている。傑作なのは、京都盆地の東西に対峙する比叡山との関係である。比叡山と愛宕山が争って、比叡山が愛宕山を殴ったところ、愛宕山にコブができて標高が高くなったとか・・・余りの単純さに、二人で大笑いした。

愛宕山の伝説が書かれた看板

水尾に向けてぐんぐんと高度を下げる。ほどなく、舗装道路に出た。斜面に張り付くように水尾の集落が展開していた。ここで、出来心を起こす指導標を見てしまう。「清和天皇稜」。指導標を頼りに集落を抜けて、谷間に続く道を下る。沢を渡った。大して歩かないだろうと思っていたら、対岸の斜面に九十九折の道が続き、ぐんぐん登っていく。100m以上も登り、尾根を乗っ越すかと思った頃、ようやくお墓に出くわした。

そのとき、どこからともなく登山装備のおじさんが登場した。このあたりのバリエーションルートを歩き回っていたとか。登ってきた道を引き返して、再び水尾集落へ。そこから、保津峡駅まではかなりの道のりだった。うんざりするほど歩いて保津峡駅まで着くと、背後にいつもと違った姿の愛宕山が姿を見せていた。

水尾の集落の風景

保津峡駅に着いた

振り返る愛宕山


遥か遠くに望みながらなかなか訪れることのなかった愛宕山。登山道としての自然度はそれほどもなかったが、京都の街に近い山だけあって、庶民の信仰に満ちた素晴らしさを実感した。今度は紅葉の時期にでも歩いてみたい。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送